(平成17年3月刊・東京弁護士会発行「法律実務研究」第20号掲載)




心臓カテーテル事故判決例に現れた過失行為の態様


医療過誤法部
関 智文


1 はじめに

  心臓カテーテル検査及び心臓カテーテルを使用した治療(PTCAと呼ばれるバルーン冠動脈形成術など)は広く採用されるようになり、心臓疾患を抱える患者にとってはごく日常的な手技となった。しかし、カテーテルという異物を血管内に挿入する手技である以上、身体にとって危険なものであることには変わりはなく、そこに事故が発生することは避けられない。このことから、「心臓カテーテル検査等の造影検査は危険も伴う検査であり、また、患者もしくはその親族としても検査で死亡したことに対する不満からか、これに伴う医師の過失を追求する訴訟が少なからず存」すると指摘されているところである(東京地裁平成5年4月27日判決―別紙「心臓カテーテル事故判決例一覧表」の〔2〕―判例時報1485号52頁の解説コメント)。
  そこで、本稿では心臓カテーテルを実施した際に発生した事故を原因とする損害賠償請求事件において、裁判所に認められた医師の過失行為の態様を整理して、それにより今後同様のケースにおいて訴訟を提起する際に過失行為をどのように構成したら認容されやすいか探ってみようとするものである。特に最も直接的な事故と思われる心臓カテーテルの先端部で心臓の内部や心臓を覆っている冠動脈を損傷した場合に損害賠償請求が認められているかについて確認してみたい。また、過失が認められた判決例だけでなく、過失が認められなかった判決例も裁判官の考えを知る上で役に立つと思われるので採り上げてみた。
  採り上げたのは、別紙「心臓カテーテル事故判決例一覧表」に記載した〔1〕〜〔10〕の平成元年以降15年までの10件の判決である。そのうち6件が認容判決であり、4件は棄却判決である。
 (なお、本稿は医療過誤法部で毎月開催している研究会で筆者が報告したものに出席した医師や会員の意見を加えて文章化したものであることを付記する。)

2 心臓カテーテルに関する基礎知識

(1)まず心臓カテーテルを使用する手技については、検査と治療があることを理解しておく必要があると思われる。検査用に使用する場合と治療に使用する場合とでは心臓カテーテルもしくは関連器具に違いがあり、その手技や危険性に差があるからである。しかし、患者によっては同一機会に検査と治療が連続して行われることもあるので、注意を要する。
  心臓カテーテルを使用する治療はカテーテルインターベンション(intervention)と呼ばれているが、それにはバルーン冠動脈形成術(PTCA)、方向性アテレクトミー(DCA)、冠動脈ステント留置術、TECアテレクトミー、弁形成術、カテーテルアブレーションなどがある(これらについては、例えば鈴木紳編集「心臓カテーテル(改訂版 目でみる循環器シリーズ6)」株式会社メジカルビュー社発行等の文献を参照されたい)。

(2)次に心臓カテーテル検査の目的を理解しておく必要がある。心臓カテーテル検査は血行動態検査と造影検査を組み合わせたものである。その具体的な方法は、カテーテルを血管内に挿入し、血管経由で心臓に進め、この間のカテーテルの進み方を観察し、血管及び心臓の心房、心室等において血液の圧力を測定し、カテーテルで血液を採取してその酸素濃度等を測定し、さらにカテーテルでこれらの場所に造影剤を注入し、造影された像をレントゲン撮影して心臓内の形態を観察するというものである。この検査により心臓外科手術の適応性の判断や、時期、手術手技の選択上重要な情報が得ることができる(後記4〔1〕の東京地判平成2年3月16日判決・判例時報1370号79頁を参照)。

(3)次に理解しておく必要があるのは、心臓カテーテル検査には右心カテーテルと左心カテーテルがあり、それぞれ手技や危険性が異なることである。一般に心臓カテーテル検査において、カテーテルを右心房、右心室、肺動脈等の右心系に挿入するものを右心カテーテルと呼び、大動脈、左心房、左心室等の左心系に挿入するものを左心カテーテルという。但し、左心系のうち大動脈内でのみ操作するものを大動脈カテーテル、大動脈造影と呼ぶこともある。
  危険性の点では左心カテーテルの方が危険性が高いと言われている。

3 心臓カテーテル実施時における事故と合併症

(1)次に心臓カテーテルの危険性を理解しておく必要があるが、まずこの点について判決例はどのように考えているかをみておきたい。
後記〔9〕の大阪地方裁判所平成14年11月29日判決は「本件検査は、身体への侵襲を伴う検査であり、事故や合併症の危険性もあるのであるから、診療契約上、医師は、本件検査を行うことについての患者の承諾を得る際に、当該患者に対し、当該患者の病状や本件検査の方法、必要性、利点、危険性について、当該患者が十分理解でき、かつ、そのような検査を受けるかどうかを決定することができるだけの情報を提供する義務を負っているというべきである。」と述べて説明義務の対象になることを明言している。そして、「現在行われているすべての心臓カテーテル検査の重大事故(死亡、心筋梗塞、脳卒中、輸血や外科的手技を要する血管損傷)の危険率は一般に1パーセント以下である。」と述べる。この1パーセント以下の危険率は高いかどうかであるが、医療過誤法部の研究会に参加した会員の意見では他の手技の危険率と比較して決して低い、すなわち安全とは言えないという評価であった。
  他方、後記4〔6〕の松江地裁平成14年9月4日判決はカテーテルの操作ミス排斥する理由として、「ガイドワイヤーを透視下で進めたとしても、これにより血管自体を観察できるわけではなく、術者としてはモニターに写し出されたガイドワイヤーの走行方向を手掛かりにガイドワイヤーの進行位置を推測するしかできないこと、現に施術時に注意を払ってもなおガイドワイヤーを細い血管を迷入させて血管を破綻させることはままあることが認められる。」と述べて、心臓カテーテルによって血管を破綻させることは直ちに医師の過失にはつながらないかのような言い方もしている。

(2)文献によると、心臓カテーテル検査の合併症としては、死亡、心筋梗塞、脳血管障害、心大血管の穿孔、重篤な不整脈、迷走神経反射、カテーテル挿入部の障害(血栓性閉塞、偽性動脈瘤、神経損傷)、冠動脈解離、コレステロール塞栓、薬剤・造影剤によるショックが上げられている。ここで注意を要するのは合併症という言葉の持つニュアンスであるが、上記の諸事態は担当医師が予期すべきであるから、それらが発生しないようにしなければならないところ、発生すれば過失につながるものとして使用される場合と時には発生するものであるからやむを得ないもの、許容されるものとして使用される場合がある。事故が発生すると担当医師は後者の意味で使用することがまま見られるが、合併症は担当医師としては発生しないように注意すべき事態である側面は決してなくならないので、言葉に惑わされないようにする必要がある。
  合併症の危険率について、近時の文献である「図解心臓カテーテル法―基本手技からPTCAまで」(大阪大学教授堀正二監修、関西労災病院部長南都伸介外2名著、2000年4月中外医学社刊)38頁以下では次のとおり紹介されている。
@ 死亡事故の平均頻度0.1〜0.3%程度
A 心筋梗塞の発生頻度は0.05〜0.09%程度
B 脳血管障害の発生率は0.05〜0.2%程度
なお、同文献では、死亡率に影響する危険因子として、左冠動脈主幹部病変、左室機能低下あるいは心不全、弁膜症を合併した冠動脈疾患、高齢、腎不全、インスリン治療中の糖尿病、脳動脈・大動脈の高度動脈硬化病変、呼吸不全などがあげられているが、左心カテーテルの方が危険性が高いと言われているのは上記のとおり左心に危険因子があると死亡事故を惹き起こしやすいからである。また、後記4〔9〕の大阪地方裁判所平成14年11月29日判決により損害賠償請求を認容したケースも患者が糖尿病であったケースである。

4 各判決の概要

  採り上げた10件の判決の事故態様及びか過失行為の態様の詳細は、後記「心臓カテーテル事故判決例一覧表」を見て頂きたいが、各判決の概要と特徴を簡単に紹介しておきたい。

〔1〕東京地方裁判所平成2年3月16日判決(判例時報1370号74頁)(棄却)

  本件は、ファロー四微症の患者(2歳6月の幼児)に対し、将来の心内修復の必須の前提として、右心系のほか、系統動脈系の血圧、酸素量や大動脈、冠動脈の形態、血行動態を知ることを目的として心臓カテーテル検査を行ったところ、患者が検査後に心機能不全により死亡した事故について、担当医師にカテーテル操作上の過失がないとされた事例である。ここに言うファロー四微症とは、先天性心疾患の一種で、疾患の内容として肺動脈狭窄、心室中隔欠損、大動脈騎乗、右心室肥大を、主症状としてチアノーゼ、運動力低下、発育障害等を有するもので、その患者のうち、非常に重症なものは乳幼児に死亡し、それほど重症でなくとも平均寿命は十数歳と言われ、10歳を過ぎると心筋繊維化、冠血管障害、腎障害、脳血管障害を起こす危険が高くなり、脳腫瘍を起こす危険も常にあると言われている難病である。
  本件は冒頭で述べた特に心臓カテーテルの先端部で心臓の内部を損傷した場合に損害賠償請求が認められるかが争点になったケースであり、しかも事故後遺族は担当医師らからカテーテル先端による心臓内壁穿孔があったかも知れないとの発言を聞かされたケースである。そこで、原告はカテーテルの先端が患者の右心室流出付近を穿孔したことにより心タンポナーゼが生じたと主張したが、本判決は、本件検査により穿孔、心タンポナーゼが生じたと認定することは十分でなく、これらの事実を前提とした原告の主張は失当であり、その他医師のカテーテル操作に不相当の点は認められないと判断した。すなわち、本判決は事実認定の段階で穿孔の存在を否定しているので、もし本件検査により穿孔が生じたことが認定された場合には心臓カテーテル操作の誤りから損害賠償請求が認められる可能性もあったのではないかと思われる。
 
〔2〕東京地方裁判所平成5年4月27日判決(判例時報1485号52頁)(認容)

  本件は、心臓カテーテル検査を受けた患者が脳梗塞を発症した後、心不全で死亡したしたことにつき、同検査中に患者の最高血圧が急上昇したのに、検査を中止せずに続行した担当医の過失が認められた事例である。 本判決は、心臓カテーテル検査をする医師は、検査中に患者に何らかの脳血管障害発生の兆候が生じた場合には、たとえ障害が何であるかを具体的に特定することが出来なくとも、検査を中止すべき注意義務を負うことを認め、この注意義務から、患者の最高血圧が250を超えて上昇したにもかかわらず、本件検査を中止せず、右冠状動脈造影検査を行なった点に過失を認めた。

〔3〕静岡地方裁判所平成7年2月16日判決(判例時報1558号92頁)(棄却)

  本件は、拡張型心筋症が疑われた患者に対し心臓カテーテル検査を実施したところ、右冠動脈の起始部に奇形が見られたため同所にカテーテルを挿入することができなかったため検査に通常より長時間を要したという事情のなかで、このカテーテル検査に際し、患者に脳塞栓に由来すると考えられる意識障害、左半身硬直、嘔吐症状が現れ、左片麻痺による左半身の感覚脱失と顕著な高次脳機能障害を伴う後遺症(2級)を負った事例である。
  原告は、担当医師には本件検査の必要性も緊急性もないにもかかわらず、脳塞栓症の発症の高い患者に対して、発症を誘発する可能性のある心臓カテーテル検査を漫然実施し、さらに右冠状動脈の起始部が奇形で、その造影のための試技に長時間を要し、患者に著しい身体的負担が生ずるにもかかわらず、これを中止することなく漫然強行継続した過失により患者に脳塞栓症を発症せしめた過失があると主張したが、本判決は本件脳塞栓症の発症は検査途中ではなく、ストレッチャーに移して止血中に発生したものと認められるから、本件心臓カテーテル検査と脳塞栓症との間に因果関係は認められないから過失を問題とする部分に理由はないとした。

〔4〕富山地方裁判所高岡支部平成12年2月29日判決(判例タイムズ1081号236頁)(棄却)

  本件は、心臓カテーテル検査の際患者の左冠動脈に解離が発生し急性心筋梗塞により死亡した場合、医師にカテーテルの選択や操作及び転送すべき際に過失がなかったとして病院側の損害賠償責任が認められなかった事例である。
 原告はカテーテルの選択あるいは操作について過失があったと主張したが、本判決は、カテーテルの選択については、冠状動脈の入口は直径3mm以上あるところ、カテーテルは1.7mmであり、ソフトチップカテーテルである以上、不適切であったとは認められないとし、カテーテルの操作については、A医師の操作に特段不適切な点は認められないこと、A医師の操作がスムーズにいかなかったため、直ちにB医師に交代したこと、B医師の操作ではスムーズに入ったものの、造影剤たまりを認め、消失していなかったため検査を中止している点で慎重さが窮えること、加えて両医師とも循環器専門医の資格を有し、心臓カテーテル検査に関与した経験が1000例を超え、主たる術者を勤めたものも400例を超えており、同検査について十分な経験があったことを考慮すれば、同操作についても不適切であったとは認められないと判断した。本判決では、左冠動脈に解離が発生しても、担当医師の操作に特段不適切な点は認められないと抽象的に述べて簡単に過失を否定している点や心臓カテーテル検査に十分の経験を有していることをもって操作の不適切さを否定しており、このような評価は心臓カテーテル事故について裁判所がなかなか過失を認定しない傾向を示唆している。

〔5〕名古屋地方裁判所平成12年5月26日判決(判例時報1737号110頁)(認容)

  本件は、国立病院において心臓カテーテル検査終了後の止血措置が不十分であったため患者に右大腿部神経の部分壊死が発生して大腿神経損傷の後遺障害(12級相当)が残ったとして国の損害賠償責任が認められた事例である。前記の合併症のうちカテーテル挿入部の障害(血栓性閉塞、偽性動脈瘤、神経損傷)に関するケースであり、本来ならば過失を認定しやすいと思われるが、本件では被告が争ったため鑑定事例集に掲載されるほどの大掛かりな鑑定を実施するなど判決までに非常に時間がかかった点が特徴である。

〔6〕松江地方裁判所平成14年9月4日判決(判例時報1815号116頁)(認容)

  本件は、狭心症の治療のため経皮的冠動脈形成術(PTCA)を受けた患者が死亡した場合にカテーテルの挿入による腎臓の動脈損傷に基因する腎周囲の出血を見落としたことに医師の過失が認められた事例である。
  本判決は、前記のとおり、心臓カテーテル自体の操作については「ガイドワイヤーを透視下で進めたとしても、これにより血管自体を観察できるわけではなく、術者としてはモニターに写し出されたガイドワイヤーの走行方向を手掛かりにガイドワイヤーの進行位置を推測するしかできないこと、現に施術時に注意を払ってもなおガイドワイヤーを細い血管を迷入させて血管を破綻させることはままあることが認められる。」と述べて、心臓カテーテルによって血管を破綻させることは直ちに医師の過失にはつながらないかのような言い方をもしている点に特徴がある。

〔7〕青森地方裁判所平成14年7月17日判決(判決判例体系CD-ROM、判例ID28072327)(認容)

  本件は、左冠動脈前下行枝の一枝が狭窄した不安定狭心症であった患者に対し経皮的冠動脈形成術(PTCA)が施行されたが、医師がバルーンカテーテルのカバーを取り忘れたまま、カテーテルを冠動脈内に挿入したため、患部付近でバルーンを膨らませようとしたが膨らまず、このためPTCAによる治療が断念されることになったうえ、カテーテルが引き抜かれる際に、バルーンカバーが心臓血管内に残置され、その後、被告病院は冠動脈バイパス手術(CABG)を施行し成功したが、患者に陳旧性心筋梗塞による身体障害者等級3級が残った場合に被告病院医師の過失と後遺障害との間に因果関係を認めた事例である。

〔8〕東京地方裁判所平成14年11月21日判決(判例体系CD-ROM、判例ID28080453)(認容)

  本件は、大動脈弁閉鎖不全症と診断された患者が被告病院に入院して心臓カテーテル検査を受けたところ、大動脈弁閉鎖不全症については6ヶ月ごとの心エコー検査により経過観察する方針とされ退院したが、心臓カテーテル検査の翌年10月に感染性心内膜炎に感染し、その判断・治療されなかったことによって形成された脳動脈瘤が破裂し、右片麻痺や言語障害等の重度の後遺症(2級)が残った場合に心臓カテーテル検査と後遺障害との間に因果関係は否定したが、その後の診察において感染性心内膜炎を見落とした点に過失を認めた事例である。本判決は東京地裁医療種中部である民事30部の判決である。
本稿の関係では心臓カテーテル検査により感染症に感染したことを認めなかった点に特徴がある。

〔9〕大阪地方裁判所平成14年11月29日判決(判例時報1821号41頁)(認容)

  本件は、人口透析中の糖尿病や閉鎖性動脈硬化症その他の病気があると診断された患者が虚血性心疾患の有無を確認するために心臓カテーテル検査を受けたところ、右膝窩動脈に血栓症を発症して、右足趾全部の切断に至った場合に、患者は同検査の適応があり、その発症は閉鎖性動脈硬化症の結果で、その切断に医師の責任はないが、検査により血栓症になる危険性についての説明が不十分であったとして慰謝料30万円と弁護士費用5万円が認められた事例である。前記のとおり糖尿病と閉鎖性動脈硬化症の基礎疾患を有する患者に対して心臓カテーテル検査を実施することには危険があると言われているところであるが、本判決はそのような場合には説明義務があることが認めた点に意義がある。

〔10〕東京地方裁判所平成15年6月27日判決(判例体系CD-ROM、判例ID28082437)(棄却)

  本判決は、呼吸困難等を主訴として被告病院救急外来を受診し、急性心筋梗塞による心不全の疑いがあるなどと診断され、緊急入院となった患者がその後著しい心機能の低下等が認められていたことから今後の治療方針策定のため右心カテーテル及びCAG(冠動脈造影)の検査を実施したところ、、患者には右冠動脈90%狭窄、左前下行枝100%閉塞、左回旋枝99%狭窄が認められたが、検査後患者はショック状態になり、PTCAを実施するなど救命措置及び蘇生措置を採ったが死亡した事例である。本判決は東京地裁医療種中部である民事34部の判決である。
原告は、被告には本件検査の際、冠動脈の内膜を損傷し、右冠動脈の血管を閉塞し、その結果、右冠動脈から出ていた側副血行路にも血液が流れなくなり、急性心筋梗塞を引き起こした過失があると主張したが、本判決は、本件全証拠によるも、患者の冠動脈の内膜がカテーテルによって損傷されたことを推認させる事実は認められず、かえって血栓による血流閉塞や冠動脈解離は生じていないことが認められると述べて担当医師の過失を否定した。本稿の関係では心臓カテーテル検査により冠動脈の内膜がカテーテルによって損傷されたことを立証することは容易ではないことが窺われる事例である。

5 判決例から窺われる傾向
  前項で紹介した判決例に現れた裁判所の考えを概観すると以下のような傾向が窺われると思われる。

(1)請求を認容した事例は、〔2〕の心臓カテーテル検査実施中に血圧が上昇したのに検査を中止しなかったケース、〔5〕の心臓カテーテル検査終了後の止血措置が不十分であったケース、〔6〕のカテーテルの挿入により腎臓の動脈損傷を発生させたケース、〔7〕のバルーンカテーテルのカバーを取り忘れたままPTCAを実施したケース、〔8〕の心臓カテーテル検査の翌年に感染性心内膜炎に感染していることが判明したケース、〔9〕は糖尿病などを有する患者に心臓カテーテル検査したところ右膝窩動脈に血栓症が発症したケースである。

(2)上記認容判決のうち〔7〕は過失が明白な事例であるが、カテーテル操作自体の過失が問題になったものではない。〔8〕は心臓カテーテルの手技の過失が認められたのではなく、感染性心内膜炎の発症を欠落したという過失である。〔8〕は説明義務違反のケースである。〔9〕は患者が右足趾全部の切断に至ったのは糖尿病などの疾患を有していたことに基因するものであり、心臓カテーテルの手技に関係しないとされたケースである。〔5〕は手技の誤りに基づくものであるが、カテーテル抜去後の挿入箇所の出血に関するものである。まさにカテーテル自体で内臓諸器官を傷つけたケースは〔6〕であるが、損傷しられたのは心臓の内部や冠動脈ではなく腎臓の動脈であったケースである。

(3)したがって、認容されたケースには心臓の内部や冠動脈を損傷させたケースはなく、心臓の内部や冠動脈を損傷させたケースにおいては医師の過失は全部否定されている。

(4)直接に心臓の内部を損傷させたことが争われた〔1〕のケースであるが、判決は責任を否定している。この判決のように心臓カテーテルで心臓の内部を突くことに対しては過失を認めない傾向にあるようである。
  したがって、心臓カテーテルの先端部で心臓の内部や心臓を覆っている冠動脈を損傷した場合に心臓カテーテルの操作の誤りをもって過失行為とすると裁判所は損害賠償請求を認容しないことが予想される。そこで、事故発生後の措置に不十分なところがあったことを主張した方が認容されやすいと言える。そこで、過失行為の構成にあたっては、事故発生後の措置に関する過失等と併せて重畳的に構成すべきと思われる。
  ただし、〔1〕判決は前記のとおり事実認定の段階で穿孔の存在を否定したものであり、同判決がその他医師のカテーテル操作に不相当の点は認められないと言い添えているのは先に穿孔の存在を否定した点が大きく影響していると推測される。すなわち、同判決が事実認定の段階で本件検査により穿孔が生じたことが認定した場合には心臓カテーテル操作の誤りから損害賠償請求が認められる可能性もあったのではないかと思われる余地がある。

(5)ところで、心臓カテーテルではないが、カテーテルの操作を誤ったケースで損害賠償請求が認容されたのが大阪地方裁判所平成16年2月16日判決(判例時報1866号88頁)である。これは劇症肝炎の治療として行われた血漿交換術に際し、医師が中心静脈カテーテルを右心房に挿入し、カテーテルの先端で右心房底部をついて心膜内壁を穿孔させ、心タンポナーゼを合併させて心停止及びこれに伴う低酸素脳症に基因する遷延性意識障害を発生させた場合に過失が認められたケースである。
  この事例で使用された中心静脈カテーテルは血漿交換のために右心房に挿入して留置したものであって、それが予期に反して動いたことにより心臓底部をついたものである。右心房内に留置する点において、心臓内を動かす心臓カテーテルと若干の差異はあるが、まったく異なる器具ではない。また、一定規模の病院であれば血漿交換術のためにカテーテルを右心房に留置する手技を実施することは日常的なものであるから特に高度な注意義務が課される手技ではない。このようなことから将来を展望すると心臓カテーテルの先端部で心臓の内部や心臓を覆っている冠動脈を損傷した場合に損害賠償請求が認められる判決が出される可能性もありそうである。

以上